「記憶のすむ家」家族の「誇り」の継承と物語を仕掛ける家
橘田邸住宅新築工事
●序章
囲炉裏ばたで聞いたおじいちゃんの話は何故か記憶に鮮やかである。かつてこの家は、豊富村から鎌無川を遡って運ばれてきた。さかのぼるは、栄え昇るという吉祥の意味があるという。この家のおじいちゃんの語る100年以上前の親父から伝え聞いた普請の物語である。日本民族の古よりの風習にみられ天地権現(てんちごんげん)の宮造りから始まる日本人に住まいの姿には、棟木の継承という家づくりの民族の思想がある。水はけのよい土地に、柱を左右に二本建て、棟木を渡し、母屋を架け、茅や葦で屋根を葺いてつくる。この内部空間から常に見えているもの、それは屋根を支える棟木である。棟木伝承の思想の始まりであった。時代は下って、大黒柱の柱信仰は伊勢神宮、出雲大社の心の御柱、宇豆柱、諏訪大社の御柱など、柱には神が宿るという。大黒柱もまた、その家の中心を表し構造上の必要から生まれ、天台宗の最澄によってもたらされた大黒天と日本の大国主命(おおくにぬ しのみこと)とが習合して大黒信仰に結びつき当時の建築的空間要求と視覚心象を備えた家の中心的存在として現代に至っている。囲炉裏ばたで教わった家族の作法もこの柱と場、間、部位 、しつらい、そして小屋組の存在は欠かせない。生と死が同居する家、それは囲炉裏ばたで聞いたおじいちゃんの話が妙に記憶に鮮やかであった理由なのかもしれない。
■ 計画案基本概念(コンセプト)「記憶のすむ家」家族の「誇り」の継承と物語を仕掛ける建築とする。
● 柱(大黒柱、小黒柱)
家の記憶の象徴である柱はその中心性を空間につくり、世代をつなぐメッセージに染まる。今回の空間の要望にある大黒柱の再度利用は、玄関板敷きの間の左側、建物のほぼ中心にあり、小黒柱は子世帯居間空間に自立し、現代空間へ世代をつなぐメッセージの役割を担って座る。
● 構造梁(旧材二階曲梁)
構造梁は、空間の意匠性に重量感を与え、家の物語をつないでくれる。意匠の使いを考えてある。建築が身の丈超えることのない、結ぶという技が当たり前の時代、解かれた材は再びこの地で結ばれ、100年を経過した。その後二回の増改築を経て今回の新築となった。再生手法は文化財復旧時によく採用される手法として、防虫、埋め木、樹脂による処理、染め付けの表面 処理を行ってある。松の曲がり梁は解体前の橘田家の二階小屋を支えてきた。二階増築の再、当時茅葺きの屋根には、曲がり梁の三間半という松材が八本あった。今回の解体時にほどいてみた。結果 その東西の二本は朽ち、さらに内側の二本は捻れが大きくそのままの再度の利用は出来ないことがわかった。100年前当初からの材は大黒柱と小黒柱、座敷卦込み床の地板、牛梁、馬梁、根固めの土台二丁になり、再生利用箇所を確定平面 上へ配ることとなった。一階座敷前の縁桁へ二本使い、二階ベランダの化粧桁へ一本、妻側の東西へ化粧桁として4カ所、さらに玄関ホール外部へ一本、一階小世帯の居間の左右の壁に一本づつ配った。玄関式台上は、一階西北の部屋(閨)の馬梁を切断して天井棟木へ再生利用されている。仏壇上の下がり壁無目は栗の土台を利用してある。計画案では、玄関西側の袖壁の敷居への利用を考えてある。庭の築直しが終了後、袖壁の設置工事が予定されている。座敷蹴込み床の床板は木挽きによる挽きだし材の為、材の歪みが見られない。そこで、製材し、欄間板(差し鴨居見立て)と次の間地袋の甲板への二箇所の再生利用を果 たした。
● 外部
外観は豪快な切り妻、大屋根の単純明快な姿で考えてある。玄関上は縋る屋根となり深みを持たせるようにした。端隠し、破風の見込みを二寸とし、力強い印象をもたせるようにしてある。旧宅の屋根は当時(二階目の改築)の簡略型の袖入り母屋であり。今回新築に際して、現代化された重量 感のある外観意匠が「記憶のすむ家」の基本概念(コンセプト)を裏付けると考えた。二階寝室南側の台持ち格子はその細隙をやや広くしてある。格子という内部の気配を滲ませ、風格と同時に腰の低い印象を備える。一階縁側と二階ベランダの曲梁は伝統の現代化への融合を果 たし、日本の家づくりの伝統にある木の継承という民族の空間作法が現代と融合し、ここに実現された。
● 記憶のすむ家
心を調停し仲介し介在する,Intermediation,それは木の扱いと均衡する空間作法により実現され、かかわりあう人の丹精に磨かれ世代を継ぐメッセージに染まる。建築の部材はその役割を超え、無限の感情移入を受け入れ、住う人の心を「誇り」に結んでいく。悠久という歳月の中で培ってきた感性の結晶として、根源的なものと、普遍的なもの双方を包含する日本の伝統文化と伝統技術は、風土に調和し人の和の中にその記憶を堆積していく。そして空間は存在することでやすらぎを感じる造形へ昇華していく・・・。 そんなことを願いこの住いの実施にあたった。建設地は山梨県中央市(旧田富町)藤巻にある。古くからある田園地帯にあり、甲府盆地のほぼ真ん中に位 置する戸数180戸の村である。 家族の絆を木の継承という日本民族の空間の作法を再現、現代感覚と機能そして技術と融合し、造形としてその背景を持たせる家、暮らしという視点と「様式の美」の力強い美しさのある空間、家や住いづくりの本質はひとりひとりが持っている。もう一度そんな足元の家族の光景を見つめ直して、未来の子供たちへ向けたメッセージと「誇り」を継いでいきたいものである。
平成18年11月28日完成引渡し
■旧橘田家二階に南北に使われた曲り梁は、1階2階の東西の縁桁へ再度利用され、外観の視覚心象効果 を狙っている。さらに巾22.5尺の台持格子との均斉がとれ庭との均衡もまた美しくなった。
■手前は子世帯玄関框戸、その向こう側は親世帯の玄関引込み戸である。建具位 置を同寸に押さえ左右の凹凸を無くしてある。石割りも奇麗に納まっている。二階ベランダの旧材曲がり梁は建物の直線の造形に映え力強い印象を与える。次世代へつなぐこの家の外観のメッセージのひとつとなる。
■子世帯居間から台所食堂方向を見る。 左側に旧材の小黒柱が立つ、窓上に旧材の曲がり梁が見える。縞黒檀色の対面 式キッチンと花梨床の対比が鮮麗である。親世帯と均衡し旧材と調和のとれた空間が実現した。間仕切りは天井高さ同寸で納まる。東側食堂掃き出し窓は、竪型の麻のラインドレープを梳かして外縁がある。手前窓下はソファーの設置場所となっている。カーテンは外側にミラーカーテンを統一して使ってある。
■欄間を梳かして、建築化された照明が美しく映える。座敷飾りの上壁を無垢の欅板(厚さ1.5寸巾2尺旧家玄関式台)で押さえてある。内法は総て面 内箱長押としてあり、旧橘田家の差し鴨居を現代化しその見立ての納まりとした。床脇の吹き寄せの小障子は隠し框で納まり障子の吹き寄せの小桟だけが見え、座敷飾り背面 の壁に収納される。両開きの押入の上に神棚がある。間仕切り欄間は上下の桟を隠して端正に納まる。座敷は伝統の風景の生け捕りという作法を守り、畳の縁、障子の框、天井の照明棹等の位 置がずれることのないようにして、境界空間の線を統一してある。 境界空間に連続する外部庭園の景は、間に織り込まれてくる。うつろう季節の余情は間に均衡し、枯淡鮮麗という伝統の造形となっている。
■親世帯玄関内部正面 玄関ホール正面 左側の舞良は次の間(居間)入り口、旧材の大黒柱が座り、この家の中心を見立てている。欄間板は旧床板の再生再度利用、染色塗装してある。正面 の板は押し板見立て巾4尺の名栗板(無垢)今回新たに座った。両袖の障子は通 風の為のもの。照明は建築化照明。沓入れは舞良建具、その向こうの天井まで届く建具は子世帯の入り口である。
■玄関見返し内露地の景気は、舞良格子を梳かして、季節のうつろいを滲ませ、歳月は建築を枯淡という造形へ昇華していく。内露地の景は鮮麗な色彩 を舞良を梳かして空間に織込む。玄関掛け込み天井と平天井の取合いの棟木は、旧材の馬梁であり切断して使われている。床板は旧家の足裏の感覚を再現、鋸目仕上げの楢材を染色塗装した。右側の舞良戸は和室次の間(親世帯居間)への引分引込み戸となっている。
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