|
木漏れ日は耀変する感激の純度を表象しています。
耀 変 (ようへん)
垂直の光彩に揺ゆらぐ陰影。 空間を満たす蒼潤な余白。
建築は悠遠なときの木叢を纏い蠱惑する淡い哀愁に霞む。
私たち伊東工務店は間の旋律と、
うつろいに棲息する日本を継承していきたいと考えています。
耀変(ようへん)解説
木漏れ日は耀変する感激の純度を表象します。主文です。 読み方は、木
漏れ日は純度を表象します。その純度は感激であ り、その先の光と影と
屈折する一刹那、一瞬の変化を耀変とし てあります。又、地面を覆いつくす苔の
先端に集まる水滴の透 過屈折する艶から感じ昇華される心象風景とも言
えま す。 発音から最初に受け取る意味の「ようへん」は窯変です。
窯変(よう へん)は焼き物の焼成中に火炎の性質や釉(ゆ う)の具合な
どにより、焼成した陶磁器が予期しない釉色 や釉相を呈することをいい
ますが、この発音を下敷きにして漢 字一文字を「耀」へ置き替え、苔の
先端のしずくの透過屈折す る艶の輝きを「さび」として捉えた文章です。
陶器は沈黙の工 芸です、有名な国宝耀変油滴天目(ようへんゆてきてん
もく) 何ものにも例えようが無い炎と偶然の僥倖が創造した、吸い込
ま れるような深淵で透明な美の結晶を感じる沈黙の造形、そん
なものが頭 に浮かびました。 ついでに、木漏れ日と木洩 れ日は意味が異なります。前者は葉っぱと枝
を梳かす状態をい い、後者は秋から冬の季節を背負っている言葉です。
枝だけを 梳かす光のことです。 題名の耀変とは、さびの心象風景の私的別
表現。さびに変化 する心の心 象映像にわき上がる一瞬の動的意味合いを含んだ表
現としました。さら に、さびは動きを伴います。視点焦点の移
動とその一瞬に顕現する場の 心象に浮かぶ一瞬の美的風景。林
立する楓の木々を梳かす蒼天の光は、 幽邃を掠める夏の清々し
い風に揺らいでいます。ゆらぎという写真では 捉えにく い部分を解説しました。現場の印象では、影がある奥行き感を
保ちながら階層的に動いているように感じました。又、足元からは
空 間全体に広かる苔とその苔の景気が縹緲と重奏し階層するよ
うに漂って います。空間の余白は苔の景気と樹下空間の陰翳。
全体を覆うわびの背 景。蒼潤とは、苔の生育状態の生き生きと
した様子を語る造園用語で す。作庭家の重森三伶の言葉「建築
は悠遠(ゆうえん)なときの木叢(こむら)を纏い蠱惑(こわ く)する淡い哀愁(あいしゅう)にかすむ。」寺の由緒を知ったとき
に 感じた文章です。平家物語 祇王の物語からくる儚さと「も
ののあは れ」とういう魅力、歳月という時の流れから感じる木
叢という自然な陰 翳とその印象、長い時間を含んだ影、奥行感
のある姿、建築というわび の造形と心象からくる幽玄を解説し
た部分です。造形として佇む建築は 歳月の影を印象づける仄暗
いときの木叢を纏っています。 蠱惑するというのは、この寺の
由来からくる幻視を伴う心象風景、はか なく淡く怪しく引きつ
けるような女性の魅力。 翳む(かすむ)は霞むと霧むと翳むと
ありますが、前者の霞むは春から夏を背 負い、後者の霧むは秋
を背負います。 最後に、わび、さび、幽玄いう空間意識、日本
の自然に対峙するのでは ない美意識を継承していきたいと考え
ています。 祇王寺の庭園は、私たちにECOという身の丈の 建築の姿を伝えて
くれます。それは「結ぶ」という名の技術で あり、木霊に従う木砕きの
技、歳月と丹精に磨かれ、沈殿する 古の音風景をその懐に備える三和土
があります。誕生を伴い、 水で結び、縄で結び、木組の手技で結んだか
つての日本の建築 の身の丈の技術。こんな自然に従い大地へ環る建築の
姿に、泣 きたくなるような透明度の高い感動を覚えてしまいます。
純粋 に棲息するは、自然と四季に生息する生命の誕生と死、そして大
地 への循環を言います。人と自然の調和の姿から、生態系を破
壊しない 「住」のありかたが備わり、民家の姿に似た郷愁を感
じる建築から見え てきます。間全体に瀰漫(びまん)する気配
の粒子は風土が描き出して います。わび、さびの美意識という
のはこんな関係に誕生してきまし た。新しい日本の様式の美を
考えるとき、過去の姿の中に輝きそして目 指すべきものの思想
がみえてきます。 古典の耀きの中にある思想と建築に向う謙虚
な姿勢の中から、近未来の 「家」をお客様とともに描き築きた
いと考えています。
|