甍の構図
 
甍の構図 

春霖は記憶の裏にこめられた懐かしさを偲ばせ
造形は豊な含みとその懐を備える。
躍動する稜線は自然と均衡する普遍の活力に満ち、
表象する品格の淵源を表す。
私たち伊東工務店は心の奥底に伝わる様式の美を
現代空間へ融合していきたいと考えています。

春の雨の景観から感じられるのは、仮想的で視覚的な皮膚感覚です。 人は風景の中にある様々な要素から心に浮かぶものがあり、風にそよぐ 木々の揺れや木立のゆらぎ、岩場の陰翳や渓流の飛沫などから感情の起 伏があり、押さえがたいものに変化したり共感したりする。同時に喜び や悲しみ、哀愁や浮かぶ言葉の影や角度やフィルターを通してまわりの ものを見ようとする。風景の体験へ投影する心や感情移入などの心的作 用によって支えられている。 雨の景観は、もの静かな心と向いあいます。 例:つくづくと春のながめの寂しきはしのぶにふたつ軒の玉水 新古今 和歌集 二つの屋根は、自然と均衡し躍動する線を描き、古典伝統様式の力強い 美しさが現れています。 仁王門に向って、登廊の屋根が下り、その雨水は棟から分断され、かけ 下る水流の力を削ぎとるように左右に流れ落ちながら 最後はその飛沫 となって霧散していきます。言い方を変えれば、行儀の揃った輪違紋の 軒の巴瓦が渦を巻いてかけ下る水流の飛沫を散らし、降りしきる雨は登 廊の棟から別れ、山間の支流に流れ下るかのようです。 山の中腹にある本堂へ向う道を覆っている回廊の屋根は、本葺きの瓦屋 根となっています。やや下るように角度を変え(振れ墨)巴と素丸瓦が 納まる。山の傾斜に沿った均衡のとれた建築となっています。それは、 さながら山脈の高みにある山頂へむかう頂界線のように葺き上がってい るとも言えます。また注意してみると輪違いの紋は水平に揃っていま す。拝み巴や掛け巴に紋を刻んだ瓦は、見付きを正面に合わせて葺くの と同じ作法の約束をまもっています。  共に伝統の瓦葺きの作法を守り、大胆に交差しあうという躍動感ある 風格の造形表現となっています。高度な技と極めて高い普請の思想の上 に伝統の大工技術によってに完成度の高い様式の美がここにあると言っ てよいでしょう。風土の中にある生命の活力を様式の中に取り込み、土 の匂いの残る瓦一枚一枚から、その底光りする命を見せつけているかの ようです。造形には人を沈黙させる凄みがあります。小雨に濡れた甍の 明暗の鮮度は燻し銀という瓦の豊な懐を伝え、素材と素材の懐を自然と 均衡対峙する造形に忍ばせ古典の輝きを大きく見せてくれます。古の様 式に備わる品格は普遍の活力に満ちています。 瓦という素材の視点から 含みと懐というのは、原素材としてみる「瓦」の風景から「いぶし銀」 という名の伝統へ結んできます。それは、日本人の 本来の感覚 に根ざした「親しみ」ある肌合いであり、記憶の裏にこめられた懐かし さを呼び起こしてくれるもの。表面に付着した炭素の微粉は、ほのかな 銀色の光沢を放ち、土の香りを生かし敢えて画一性を求めず、自然な親 しみを誘い、歳月を経るごとに味わいを重ねる仕掛けとも言えるでしょ う。 焼き上げられた素材の懐を生かすこと。それは完全と不完全、均斉と不 均斉といった図式にとらわれない、自由さ、余韻のある「奇数の美」に 通じ、機能と均質化のみを追求し耐久性を低下させた工業化された素材 では得られない豊かな「含み」を備えています。法隆寺の時代から現代 まで生き続ける瓦という素材は私たちの心の奥底に「いぶし銀」という 美意識を育ててきました。心の奥底に伝わる素材と造形の美意識に裏打 ちされた技術を現代の空間へ織り込んでいきたいものであると考えてい ます。                          

撮影場所 奈良県桜井市長谷寺
 
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